より良い考え方を身につける

祈りの結果を求めない。(両親の幸せを祈る42日間チャレンジ経過報告①)

こんにちは、ローラララです。

 

この記事の通り、両親の幸せを毎日祈るチャレンジ中です。
(今日で三日目です!)

本当は読まないでほしい本音だらけのリアルな葛藤。こんにちは、ローラララです。 今学んでいるコミュニティで、「日々の葛藤」を発信しても良いという 内容を学んだので、今日は...

 

このことに関して、いろいろと気づいたことがあったので
今日はそれについて書いていきます。

 

「私が我慢すればいい」はエゴ?

 

私は前述のこの記事の通り、年末年始は両親からのトラウマに
しんどい思いをしました。

そのときに、
「みんなのところにいられなくなった本当の理由を言ってしまったら、
義理の両親から実の両親が悪い風に見られてしまう。
それは両親がかわいそうだから、
私がなんとか我慢しないと。」
と思っていました。

 

ですが、
冷静に考えて、
それは「本当に両親のためを思っているか」
と問われたら、
「表面的に繕おうとしていただけかもしれない」
と気づいてしまいました。

 

甘やかしブーメラン。

 

私の実家の教育方針は、
「こどもは甘やかす」でした。

私には姉がいるのですが、
姉は今でいう発達障害で
普通の人が普通にできることができません。

 

なので、学校や社会でうまくやっていけず
家庭内で荒れ狂っていました。

 

そのストレスを家庭で発散させるので、
「社会でやっていけるように教えてあげた方がいいんじゃないの?」と
思っていたのですが、
父は、「普通のことができなくてかわいそうな姉に厳しく言うなんてできない。」
と言って、何をしても怒らずひたすら甘やかしていました。

 

それを見ながら、
「それは姉のことを考えているのではなくて、
自分が悪者になりたくないとか、
面倒なことをしたくないというエゴじゃないか。」
と思っていました。

 

そう思っていたのに、
「両親が悪く思われるなんてかわいそう。」と思ってしまった私は、
両親が姉にしたのと同じように、
「その場の自分が良ければいい」という判断をしていたのかもしれない
と思いました。

私自身が両親と同じことを考えてしまっていたことに気づきました。

 

祈りに自分の考えが入ってしまう。

 

私の考えでは、
両親は、この世でなにも学んでいないと思ってしまいます。

自分たちだけが正しいと思い込んで、
私が悪いと思い込んでいる。

 

ですが、もし、「もしかして私たちも悪いのかもしれない」
とこの先気づくことがあるとしたら、
それはものすごく苦しいんじゃないかと思ってしまいます。

 

だから、両親にはこのまま、
「自分たちは何も悪くない。
悪いのはローラララ。」と思い込んでもらい続けたまま、
精神的に乱されずにいてくれたらいいなと思うのですが、

私は「人生は学ぶためにある」と思っているので、
今のまま価値観を変えないということは、
それは両親の人生にいいことなんだろうか、と
思ってしまっています。

ここまで書いていて、
この考えはこの考えで傲慢な気がしてきました・・。

 

私は今、
両親の幸せを42日間祈るというチャレンジ中なのですが、
このお祈りのポイントは、
「結果を求めない」ということです。

どんな結果になっても神様におまかせする。

私のエゴはいれない。

 

まだ3日目なので、
私のエゴが入ってしまいそうになるのですが、
何も考えず、
「結果はすべて神様におまかせします」というスタンスで
残り39日もお祈りしていこうと思いました。

 

今のままだと全然いい未来に行けるプロセスが想像できないですが、
最良の未来になりますように。

 

読んでいただいてありがとうございました。