より良い考え方を身につける

パソコンを落としてしまってカメラが壊れてしまったことからの気づき

こんにちは、ローラララです。

 

実は、昨日うっかりパソコンを60センチぐらいの高さから落としてしまいました。

それ以来、パソコンのカメラが起動せず、
もしかしたら落とした時の衝撃で壊れてしまったのかもしれません。

 

そしてなんと、さっきからキーボードの調子も悪いです。

キーを押しても認識してくれなかったりを繰り返しています。

 

 

文字を打つのにあまりにも時間がかかるので、ここからスマホで書いています。

 

 

なんとか直ってほしくて祈っていますが、どうなるかわかりません。

 

できごとの意味づけを考える

 

パソコンが壊れたかもしれないということがショックでしたが、

「出来事は変わらなくても意味づけは変えられる」ということで、

パソコンが壊れてしまったかもしれないことの意味を考えてみました。

 

最近、動きが雑になってしまったことが現象化してしまったのかなと思いました。

 

確かに最近、いろなものごとが雑になってきています。

私は毎日車で通勤しているのですが、運転の雑さが現象化した場合、大変なことになってしまいます。

 

そう考えると、パソコンの不調だけで済むかもしれないので、

逆にこれだけで済んでとてもありがたいのかもしれないと思えるようになってきました。

 

 

最近いろいろ気が緩んでいて、出社時間も毎朝ぎりぎりだし、

動きは雑だし、家事は主人任せだし、直さないといけないところが山積しています。

 

年末に向けて、これらを直す必要があるということで、「パソコンの不調」という形で現象化したのかもしれないと思いました。

 

 

反省したので、パソコンのカメラとキーボードが直ってくれないかなと思います。

 

ちなみに、主人にはまだパソコンの調子が悪くなってしまったことは言っていません。

 

もう一つの意味づけ。子どもへの接し方

 

「パソコンを落として壊す」なんていうことをもし子どもがしたら、

わざとじゃなくても私はきっとものすごく怒っていたのではないかと思います。

 

ですが、今回パソコンを落として不調にさせたのは私です。

 

パソコンを壊してしまったかもしれない私に対して、小学生の娘は少しも責めてきません。

 

わざとじゃないからとわかっているからだと思うのですが、

こんなときに私は、娘の心の広さをいつも思い知ります。

 

娘は私がこういう失敗をしたとき、決して責めず、なんなら私を慰めてくれます。

子供は親よりも精神性が高いとよく聞きますが、うちはまさにそうだなと思います。

 

子どもたちをこれからも見習わなければいけないと思いました。

 

読んでいただいてありがとうございます。

パソコンが直りますように。